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東京地方裁判所 昭和31年(行)9号 判決

原告 高浩振

被告 東京入国管理事務所長

訴訟代理人 真鍋薫 外四名

主文

被告が昭和三十年七月二十五日訴外高碩浩に対して為した仮放免取消処分の取消を求める訴は、これを却下する。

被告が同月二十七日原告に対して為した保証金没取処分の取消を求める原告の請求は、これを棄卸する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が昭和三十年七月二十五日訴外高碩浩に対して為した仮放免取消処命及び同月二十七日原告に対して為した保証金没取処分はいずれもこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める旨申したて、その請求の原因並びに被告の本案前の主張及び抗弁事実に対して答弁として、

一、訴外高碩浩は昭和二十九年九月二十四日不法入国の容疑があるとして、被告の発付した収容令書により収容され、同月二十七日入国審査官塙健三郎の審査を受けた結果不法入国者で退去を強制するのを相当とすると認定され、口頭審理の請求をしたが同月二十九日特別審理官小林功によつて前記認定に誤りがないと判定されたので、即日法務大臣に異議の申立をした。一方右高の伯父である原告は同年十月二十三日被告に対し同訴外人の仮放免を請求したところ、同日被告は右仮放免の期間を同年十月二十三日から法務大臣の裁決あるまで、保証金を金十五万円とそれぞれ定め且つその他の条件を付して仮放免を許可したそこで原告は即日保証金十五万円を納付し、右碩浩は仮放免された。その後同年十一月二十五日法務大臣は右碩浩の異議の申立は理由がないと裁決したので、同年十二月三日被告は同訴外人に対する退去強制令書を発付し、同月十日右令書によつて同訴外人は再び収容された。そこで同月二十八日原告は被告に対し再び碩浩の仮放免を請求したところ、被告は右の仮放免の期間を同日から昭和三十年一月十五日までと定め、前記原告の納付した金十五万を保証金として同訴外人を仮放免した。その後引き続き期間満了の都度期間を更新し、最後の仮放免は同年六月三日期間を同目二十六日までとして許可されていた。ところが昭和三十年七月二十五日被告は右碩浩に対する仮放免を取消す旨の処分を為し、次いで同月二十七日被告は原告の納付した保証金十五万円を没取する旨の処分を為し、その頃その旨を原告に通知した。

二、しかし碩浩は昭和三十年六月二十六日自費をもつて出国しており逃亡したものでないから前記被告の仮放免取消処分及び保証金没取処分は違法であつて、取消さるべきである。

三、被告の本案前の主張に対する答弁として、出入国管理令(以下単に管理令という)第五十五条第一項は仮放免の取消について定め、同条第三項は仮放免の取消をしたときは保証金を没取すると規定し、仮放免が取消された場合は必然的に保証金は没取されることになつている。従つて仮放免の取消処分が取消されないかぎり保証金没取処分の違法を攻撃してその取消を求めることはできない。原告は本訴において保証金没取処分の取消を求めることを主たる目的としているのであるけれども、仮放免の取消と保証金の没取との関係が前記のとおりである以上、碩浩に対する仮放免取消処分の取消を求めるについて利益を有するものである。

四、被告主張の抗弁中三(一)(1) 記載の事実中碩浩が不法に本邦に滞留する意思を有していたとの事実は否認するが、その余の事実及び同(2) 記載の事実はすべて認める。同(3) 記載の事実中碩浩が神戸入国管理事務所神戸港出張所に出頭せず、その所在を明らかにすることができなかつたとの事実は争うが、その他の事実は認める。

碩浩は昭和三十年六月二十六日神戸港より自費で出国した。即ち同訴外人は同日神戸港より韓国に向け出帆する予定の大韓海運公社の日進号に乗船することとし、その乗船切符を購入したうえ、同月二十四日東京を出発した。その後無事韓国に到着しているのであつて、逃亡したものではない。

五、仮りに本件仮放免取消処分及び保証金没取処分が法規に違背した違法がないとしても、右各処分は著しく妥当性を欠いたものであるから取消さるべきである。前記のとおり碩浩は不法入国者として退去強制令書の執行を受けたが、被告の自費出国を許可する予定である旨の証明書の交付を受けたうえ、仮放免されていたのである。従つて仮放免は右碩浩をして自費で本邦より出国させることに目的があつたのであるが、同訴外人は既に前記のとおり昭和三十年六月二十六日本邦を出国し、同年七月頃には韓国に帰つているのであるから、仮りに右出国の手続上瑕疵があつたとしても、仮放免の目的は完全に果されたものであるから、このような場合に仮放免を取消し、保証金を没取することは著しく妥当性を欠いた処分である。

と述べ、

被告指定代理人は主文第一、二項と同旨の判決を求め本案前の答弁、請求原因事実に対する答弁及び抗弁として

一、原告は被告の為した訴外高碩浩に対する仮放免を取消した処分の取消を求める訴の当事者適格を有しない。

即ち行政処分が違法であるとしてその取消を求める訴訟を提起することができる者は、その処分によつて権利又は法律上の利益を侵害された者に限られるのであるが、高碩浩に対する仮放免を取消した本件処分によつては原告はなんらの権利或いは法律上の利益も侵される者ではない。原告がその権利又は法律上の利益を侵害されるのは、原告に対する保証金没取処分によつてだけである。そして保証金没取処分が適法であるためには、右碩浩が逃亡した事実とその理由で同訴外人に対する仮放免が取消された事実があることを必要とするのであるから、原告が保証金没取処分が違法であるとするなら、右二点について争えばたり、仮放免取消処分の取消を求める必要はない。従つて原告は碩浩に対する仮放免取消処分の取消を求める訴の原告たる適格を有しないから右訴は却下されるべきである。

二、請求原因事実中一記載の事実はすべて認めるが、二記載の事実は否認する。

三、(一) 高碩浩は仮放免中に逃亡したものである。

(1)  碩浩は被告に対し管理令第五十二条第四項の規定に基き自費出国の申請をしたので、昭和三十年三月二日被告は同訴外人に自費出国を許可する予定である旨の証明書(その証明書は韓国代表部から入境証明書の下付を受けるのに必要なものである)を交付し、同時に出国の手続を説明して過誤なくすみやかにその手続を完了するよう告げたが、同訴外人はその後の出国手続をせず、不法に本邦に滞留する意思のあることが明らかとなつたので、被告は、仮放免許可期限後である同年四月二十八日退去強制令書を執行して身柄を収容した。

(2)  同年五月四日訴外金承桂から右碩浩の仮放免の請求があつたので、被告は原告の意思に基いて既に原告から納付されている保証金により期間を同日から同年六月二日までと定めてこれを許可した。一方同日付で原告等から右訴外人を同年六月二十六日までに出国させる旨の誓約書を徴し、同年六月二日仮放免期間を更新して同月二十六日までとした。

(3)  同月十四日右碩浩は同月二十六日神戸港出帆の日進号に乗船して出国する旨申し出たので、被告の係官は乗船の際神戸入国管理事務所神戸港出張所に出頭し、仮放免許可書を返還し自費出国許可書の交付を受けて出国するよう説示した。しかるに右碩浩は前記出張所に出頭せず、その所在を明らかにすることができなかつた。

(二) 退去強制令書を発付さられた者は、住居を指定され、その行動範囲は制限せられ、又出頭を命ぜられたときは指定の日時場所に出頭する義務を課される等法定の条件の下に仮放免が許可されるのであるから、仮放免を許可された者はその所在を明らかにしておく義務のあることは当然であつて、もしその所在を当局に不明ならしめるにおいては管理令第五十五条にいわゆる逃亡したものに該当することは多言を要しないつて被告が前記の諸事情から右碩浩が逃亡したものと認定したことは当然であつて、右認定に基いて同訴外人に対する仮放免を取消したうえ、右訴外人の仮放免につき原告の納付した保証金を没取した処分はなんら違法はない。

四、仮りに原告主張のように高碩浩が既に韓国に帰著している事実があるとしても、同訴外人が逃亡したことは前記のとおりであり、帰国について正当の手続をふまないいわゆる密出国であるから、被告が本件各処分したことが不当であるということはできない。

と述べた。

立証〈省略〉

理由

一、まず本件訴のうち被告が昭和三十年七月二十五日訴外高碩浩に対して為した仮放免取消処分の取消を求める部分の適否について考えてみると、第三者に対して為された行政処分が違法であるとしてその取消を求める訴訟を提起することができる者は、その処分によつて自己の権利又は法律上の利益を害された者に限るものと解すべきである。従つて右の行政処分によつて直接に自己の権利又は法律上の利益を侵害されない者は、たとえ右の行政処分の存在が後に為される次ぎの段階の行政処分の要件となつており、右の処分を前提として為された後の処分によつて権利又は法律上の利益を侵害されることがあつても、この後の処分の取消を求めるためには後の処分の違法の理由として前の処分の違法を主張すれば足りるのであつて、この前の処分の取消を求める訴については原告たる適格を有しないものといわなければならない。これを本件についてみると、原告は碩浩に対する仮放免取消処分の取消を求めているのであるが、原告は碩浩が仮放免を受けるため保証金を納付したに過ぎないものであつて、碩浩に対する仮放免取消処分が為されただけでは、この処分によつては直接にまだ自己の権利又は法律上の利益を侵害されたものではなく、原告の納付した保証金の没取処分がなされてはじめて原告の保証金返還請求権の侵害が問題となつてくるのである。尤も、管理令第五十四条によれば被収容者のほかその代理人、保佐人、配偶者、直系の親族若しくは兄弟姉妹等は仮放免の請求を為しうることを定めているけれども、このことは被収容者の保護を全うしようとするがためであつて之等の者が被収容者の仮放免につき法律上特別の利益を有することを認めた趣旨と解すべきではない。従つて、その反面において仮放免の取消がこれ等のものゝ固有の権利又は利益を侵害するものということはできない(本件においては、成立に争のない乙第十四号証及び同第十九号証の二によれば原告は被収容者たる高碩浩の叔父であるにすぎないことが明かであるから、右仮放免の請求権者に該当しない)。原告は管理令第五十五条第一項により仮放免の取消処分が為されたときは、同条第三項によつて必然的に保証金没取の処分がされることになつているから、仮放免の取消処分が取消されない限り保証金没取処分の違法を攻撃してその取消を求めることができないと主張する。なるほど管理令第五十五条第三項によれば、保証金没取処分は仮放免取消処分を前提としてのみ為され、しかも仮放免取消処分が為されたときは、必然的に仮放免取消処分の理由の区別によつて保証金の全部又は一部を没収すべきことになつているが、管理令第五十五条の規定自体からみても仮放免取消処分とその保証金没取処分とはそれぞれ別個の処分として規定されておるのみならず、右二個の処分の相手方が異る場合のあることは、管理令第五十四条の規定からみて明らかであつて、本件のように仮放免取消処分は高碩浩に対して為され、保証金没取処分は原告に対して為されているような場合には、仮放免取消処分の違法を理由にその取消を求め得る者は右の高碩浩であつて、原告ではないものといわなければならない。もとより保証金没取処分の取消を求めるには、その前提となつた仮放免取消処分の違法を主張する必要があるが、その取消がされない限り、保証金没取処分の違法を主張できないものではなく、保証金没取処分の取消を求める訴において、その保証金没取処分の違法か否かを判断する前提問題として碩浩に対する仮放免取消処分の違法を審査すれば足りるのであるから、右の保証金没取処分の訴においで当事者適格を有するからといつて、当然に仮放免取消処分の取消を求める訴においても当事者適格を有するものとはいえない。原告の右の見解は採用することができない。よつて原告の本件訴のうち右の部分は当事者適格を欠くものというべく、この部分は不適法として却下すべきである。

二、次ぎに本件訴のうち、被告の為した原告に対する保証金没取処分の取消を求める部分について判断する。

(1)  原告が被告主張のような経過で前記碩浩の仮放免のため昭和二十九年十月二十三日被告に対し保証金十五万円を納付し、被告は昭和三十年七月二十五日右碩浩に対する仮放免を取消したうえ、同月二十七日原告に対し右保証金十五万円を没取する旨の処分をしたことは当事者間に争いがない。

そこで右保証金没取処分が原告主張のように違法であるかどうかについて考えるに、右碩浩が被告に対し自費出国の申請をしたので、被告は昭和三十年三月二日同訴外人に自費出国を許可する予定である旨の証明書を交付し、出国手続を説明してすみやかにその手続を完了するよう告げたが、同訴外人は出国手続をしなかつたため同年四月二十八日退去強制令書を執行されたこと、同年五月四日訴外金承桂からの請求により原告の納付した保証金によつて右訴外人は仮放免されたがその際原告等から同年六月二十六日までに出国させる旨の誓約書を差入れさせ、その後同年六月二日仮放免期間が更新されたこと、同月十四日頃右訴外人は同月二十六日神戸港出帆の日進号で出国すると申し出たこと、そこで被告の係官が同訴外人に対し乗船の際神戸入国管理事務所神戸港出張所に出頭し、仮放免許可書を返還し、自費出国許可書の交付を受けて出国するよう説示したことは、いずれも当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第四号証、乙第二十八号証、証人久保田彰の証言から真正に成立したと認められる乙第二十六号証及び乙第二十七号証と、証人久保田彰の証言並びに証人康順弼の証言(但し後記の措信しない部分を除く)と弁論の全趣旨を綜合すると、前記碩浩は昭和三十二年二月二十二日にいたるまで神戸入国管理事務所神戸港出張所に出頭せず、従つて出国の手続をしておらず、また昭和三十年六月二十六日には大韓海運公社の日進号は神戸港を出港しなかつたし、同年七月二十五日同港を出港した同船にも同訴外人は乗船しておらずその所在が不明となつたことが認められる。右認定と矛盾する証人桜井芳一、同康順弼、同李順培の名証言の部分は措信することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。ところで退去強制令書の発布を受け収容されている者に対する仮放免は住居及び行動範囲の制限、呼出に対する出頭の義務その他主任審査官が必要と認める条件を附して許される(管理令第五十四条第二項)ものであつて、成立に争いのない乙第二号証の一及び二によると碩浩に対する仮放免も居住地を東京都新宿区酉大久保一丁目四百二十五番地と指定し、その居住地を変更する場合は、あらかじめ出頭し、書面をもつて主任審査官の承認をうけること、行動の範囲は東京都内に限り、やむを得ず旅行する場合には、あらかじめ出頭し、文書で主任審査官の承認を受けること、出頭を命ぜられた場合は指定された日時場所に出頭すること、毎月一回文書で状況を報告すること、居住地が被告の管轄区域外の場合はその居住地に到着とともに所轄入国管理事務所に到着届を提出すること、右各条件に違反した時は仮放免を取消し保証金を没取すること等の条件が附されて許可せられたことが認められる。従つて右碩浩は本邦に滞留中はその所在を明らかにし、自費出国するに際してはその出国港で自費出国許可証の交付を受けて出国することを要するのであるから、その所在が不明となつた碩浩は管理令第五十五条にいう逃亡したものといわなければならない。

(2)  原告は更に右碩浩の仮放免は同訴外人の自費出国のために許可せられたものであるところ、同訴外人は既に出国し韓国に帰国しているのであるから、仮放免はその目的を達しているのに、仮放免を取消し、保証金を没取することは著しく妥当性を欠いた処分であると主張するので考えてみると、日本郵便官署の作成部分の成立につき当事者間に争いがなくその余の部分については証人李順培の証言から真正に成立したと認められる甲第三号証ないし第五号証の各一、右証言から真正に成立したと認められる甲第二号証の一ないし三、甲第三号証ないし第五号証の各二によれば、右碩浩の筆蹟になる手紙が釜山市大平洞一街一〇五又は同市大平洞二街五十一を同人の肩書住所として韓国釜山に投函され、昭和三十年九月二十三日、同年十一月十七日、昭和三十一年二月十八日、同月二十六日に東京都内に配達せられた事実は認められるのであるけれども、右甲号各証によるも、碩浩の手蹟になる右の手紙には同人が何時如何にして日本を出国し何日に韓国に上陸したか、また同人が韓国において如何にして生活しているかについては具体的な何らの記載がなく、証入李順培の証言によれば昭和三十一年八月以来右碩浩は音信を絶つており、又李順培が碩浩宛に手紙を出したのは一回であるが、それも宛名人不明の理由で返戻されている事実が認められ、これらの事実に、前記碩浩の筆蹟になる手紙が到達した時期が比較的限られた期間であることをあわせ考えると、右韓国から碩浩の筆蹟になる手紙が来たという事実からだけでは、右碩浩が韓国に帰国しているとの事実を認定することは難かしいし、他に右事実を認めることができるに足りる証拠もないから他の点について判断するまでもなく原告のこの主張も採用することができない。

(3)  そうすると前記碩浩が逃亡したとして被告が為した同訴外人に対する仮放免を取消した処分はなんら違法ではなく、従つてまた右処分に基き被告が原告に対して為した保証金没取処分も違法でないといわなければならない。

以上のような理由で本件訴のうち被告が碩浩に対して為した仮放免取消処分の取消を求める部分は、不適法であるからこれを却下することとし、被告が原告に対して為した保証金没取処分の取消を求める部分は、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については行政事件訴訟特例法第一条民事訴訟法第一八十九条第九十五条を適用して、主文のように判決する。

(裁判官 飯山悦治 松尾巖 井関浩)

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